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更新日:2015年2月1日

第10回ふくまる夢たまごセミナー

閉塾式と記念講演「塾生に伝えたいこと」

 本年度最終(10回目)となる「ふくまる夢たまごセミナー」を、2月22日午後6時より、市庁舎7階大会議室で開催しました。塾生・聴講生の参加は37名です。

 最初に、教育委員会を代表して村田陽教育長より、「府教育委員会より豊能地区への人事権移譲があり、4月より7名(内、3名は昨年度生)のふくまる教志塾の卒塾生を教員として採用します。教志塾で育った皆さんに、池田市あるいは豊能地区で頑張ってほしい。」と激励のあいさつがありました。続いて、塾生19名(4名欠席)に、セミナーアドバイザーより「修了証書」を授与し、各自、塾長のふくまる君とツーショットで記念写真を撮りました。聴講生もふくまる君と記念写真に納まりました。

(写真)第10回ふくまる夢たまごセミナーのようす1

(写真)第10回ふくまる夢たまごセミナーのようす2

(写真)第10回ふくまる夢たまごセミナーのようす3

 この後、セミナーの最後を飾って、大阪教育大学理事 成山治彦 先生より、「塾生に伝えたいこと」と題して記念講演をしていただきました。

記念講演「塾生に期待すること」

 1971年に教師になった。終戦1年後に生まれた焼け野原世代。私立女子高が教職のスタートで、その後、府立高校の教師になった。

 今、いじめと体罰の問題抜きに教育を語ることはできない。(塾生・聴講生の6割は学校でスポーツ活動の経験がある。その内、2名は体罰を受けた経験があった。) 私は、女子高の時、バスケット部の顧問で部員がダラダラした練習をしたとき、夏の炎天下にグランドを走らせ、子どもの顔が青白くなり、木陰で休ませた後、病院に行かせたことがある。府立のとき、学校崩壊の状態であった。「悪いことは悪い、ダメなことはダメ、ならんことはならん」と指導するが、なかなか子どもがきかない。きかされへん先生は、「指導力が無い」と思い、手を出してしまいがちである。体罰はエスカレートし、麻痺する。「なぜ、この子がいうことをきかないのか」、「なぜ」ということが考えられなくなる。生徒が「なぜ荒れ、勉強しないのか」、冷静なり、距離をとって考えてみる必要がある。

 体罰がダメだから引いたらいい、ということではない。教師が教えようと思っても、生徒にレディネスがないときかない。その意味で、教師には辛抱がいる。力で抑えると力で返され、乗り越えられることがある。乗り越えられると、「学校崩壊」、「暴力教室」になる。どうしたら生徒を抑えられるか、子どもが荒れるのは、何かしら背景がある。一過性のものもあれば、生い立ちにまつわるものもある。どないしたらそれを指導できるかがポイントである。授業が中心だが、授業だけで勝負しようとすると、怒鳴ってしまう。心の余裕を持って、対処する必要がある。生徒とのかかわりに自信が持てない人は、今の状態だったら萎縮してしまう。本当に、体罰に頼らないと厳しい指導ができないのか。迫力を持って、子どもに届く言葉を持っていれば伝わる。本気で怒る教師には、生徒がついてくる。本当の厳しい指導は、その子の課題に愛情を持って迫っていく、向き合っていく、甘やかさない、ということである。子どもは、つらいところから逃げたい、目をそらしたい。「そこから逃げたらあかん、逃げたらあかん」と迫る。

 「つい手が出てしまった」の「つい」は、感情がコントロールできていない、感情に負けた状態である。今回の桜宮高の件で残念なのは、どなられて動くんやったら、牛や馬と同じやと言いながらなぐったのは、牛や馬と一緒にしたことになる。言って諭すのが教師。「愛の鞭」は、「愛」がなければただの鞭、ただの刑具。ほとんどの人は、自分の「愛」は相手に伝わると思っているが、伝わる保証はない。1件でも例外が出たら、単なる教師の思い込みになり、取り返しがつかない。鞭でたたかれた子は、恨みや憎しみを抱いたまま人生を送る。どっちに転ぶかわからないリスクがある。その子の人生を十数歳で終わらせる権利は誰にもない。その子の人生はその子自身のもの、同じことは虐待にも言える。親といえども、その子の人生を奪うことはできない。

 (いじめられた経験のある塾生・聴講生は2名。) 子どもは、それぞれいろんなコンプレックスを持っている。短所をまるごと受け入れないと、生きるのが辛くなる。いじめは、最初は仲間外し、無視。集団の中で無視されるのはすごく傷付く。第二段階は、攻撃的、黒板やメールで悪口を書かれる。第三段階は、物理的暴力。第四段階は、暴行や金品の強要。人間の尊厳を奪うことがエスカレートする。相手を自分の支配に置くような、物として扱っているのは、最もひどい行為である。最も大事にされるべきものが奪われると生きていけない。いつからひどい状態になるのか見えない。どうしたら、いじめが見抜けるか。いじめの第一歩は遊び。そのことを指摘しても、保護者も出てくるし、難しい。第二段階では、なかなかわからない。先生方のチームワークがなかったら、いじめはなくならない。いじめが発覚したら、その日のうちに、一斉に手分けして指導に当たる。いじめられたある生徒は、「助けを求めたら、自分が壊れてしまう」と言う。精一杯、ぎりぎりのところで耐えている。いじめられている子が「いじめられている」と言うのは最後の手段。必死で耐えているその子の思いをどれだけわかるのか。それがわからないと、いじめを解決できない。いじめは、いつもエスカレートする危険を孕んでいる。その解決のとき、教師の覚悟、決意「いじめを許さない、いじめをしない子を育てる、いじめを見て見ぬふりをする子を育てない。」が必要である。

 社会意識がいじめの本質である。これをなくすには、二次被害を出さない、そこで解決する場を決める。まずは、教師のチームワークが大切で、いじめられた子の立場に立ち切る。いじめられた子のケアは勿論、いじめた子を取り切る、その子のバックグラウンドに迫る。自分の楽しさの陰で泣いている子のことが見えないことに気付かせる。一人の傍観者も出さない。誰かを排除する意識があると、いじめはなくならない。いじめは、集団(学級、学校、地域、職場)の問題である。いじめられている子への意識が飛んでいる。そんな集団は、次々とターゲットが生まれ、立場が逆転する。見て見ぬ集団の中では、いじめは次々に起こる。

 嬉しいときも辛いときも、一緒に行動できるクラスを創ってほしい。いじめられている子が、自分のことを語れる場、関係性を創ってほしい。いじめられている子の最初の理解者は先生。目で訴えたり、職員室に顔を出したり、保健室に行ったり、昼食時に抜け出したり、どこかでわかってほしいと思っている。その理解者は、その子の傍にいる先生である。そんな子どもの心の叫びを聴いてほしい。

(写真)第10回ふくまる夢たまごセミナーのようす4

(写真)第10回ふくまる夢たまごセミナーのようす5

 塾生・聴講生、そして事務局の私たちも、成山先生の話に聞き入っていました。ふくまる夢たまごセミナーの最終回にふさわしい講義で締めくくっていただいた成山先生、本当にありがとうございました。塾生・聴講生のみなさんには、この日に学んだことを、是非、現場に出たときに生かしてほしいと思います。

 セミナーを閉じるに当たって、山田信湖・丹松美代志 両セミナーアドバイザーより、塾生・聴講生に、激励と感謝の言葉を伝え、最後は全員で記念撮影をして、平成24年度のふくまる教志塾を修了しました。ご協力いただいた皆さん、ありがとうございました。次年度も、よろしくお願いします。

(写真)第10回ふくまる夢たまごセミナーのようす6

 平成25年度の募集は、3月末に、このホームページに掲載する予定です。ご応募をお待ちしています。

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