●摂津麻田藩青木家 

 麻田藩初代藩主青本一重は、はじめ今川氏真に仕え、後に徳川家康のもとで姉川の戦いに参加、ゆえあり家康のもとを離れ、丹羽長秀のもとへ、さらに本能寺の変以降は豊臣秀吉配下となり、秀吉の死後秀頼に仕えた武将である。大坂冬の陣後、和睦の使者として駿府へ下り、帰途京都で徳川方に拘留される。大坂夏の陣で豊臣家滅亡となり、一重は出家の道を選んだとされるが、家康の武功の旧臣であり、また、かれの弟は三方ケ原大敗の際家康を守って討死、さらには、末弟青木可直が家康の旗本であった関係から再ぴ召され、摂津麻田の地に1万石の大名として封ぜられた。じつは、問題とする2代目重兼は、可直の長男で、元和5年(1619)一重の養子となった人物である。

          (平成4年特別展『池田文化と大坂』図録p.34より転載) 

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