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更新日:2019年6月12日

池田酒と池田炭(菊炭)

(写真)池田炭

池田酒は、江戸時代(特に元禄前後)、極上酒として盛んに江戸や全国各地の市場へ運送されました。また、池田炭は、鋸で切った切り口が菊の花びらのように美しいので「菊炭」とも呼ばれました。火持ちがよく、とくに茶席で珍重され全国へ売られました。
 身近に江戸時代の酒・炭に関する資料をご存知ならば、今一度その資料を紐解いていただけませんか。そこに、もし池田に関連する人物や商品等の情報が見つかったら、当資料館までご一報いただけないでしょうか。

池田酒を探す手がかりは.....

  1. 池田酒の銘柄
  2. 池田の酒造人
  3. 元禄江戸の店
  4. 江戸への輸送経路
  5. 文献に現れる池田酒

(1)池田酒の銘柄

元禄時代:「小判印」「養命酒」(満願寺屋酒造)「山印」「滝ノ水」(大和屋)など

天保時代:助廣、友千鳥、江戸川、喜代鶴、鬼笑、むら雀、笑門、大夫松、櫻井、雄多福、鴫、機嫌、文蝶、皆■(巾ヘンに兌)、三國一、あら駒、福笑、玉龍、江戸勇、白髭、■(糸ヘンに彖)川、高雄、櫻井鱗、鬼切丸、腹鼓、七五三、東海船、満願寺、満壽泉、大將、三笠山、〆

江戸時代・池田酒のいくつかの商標 

(画像)池田酒のいくつかの商標

(C)池田市教育委員会(池田市立歴史民俗資料館)
(昭和62年特別展『江戸下り銘醸池田酒と菊炭』図録より)

(2)池田の酒造人

元禄10年(1697)

満願寺屋九郎右衛門、大和屋十郎右衛門、大和屋庄左衛門、菊屋甚兵衛、大和屋仁右衛門、大和屋伊兵衛、清水屋七左衛門、鍵屋平兵衛、小部屋五郎兵衛、鍵屋松右衛門、菊屋源兵衛、山本屋太郎右衛門、山本屋重左衛門、山本屋平太夫、菊屋市右衛門、大和屋十兵衛、小部屋七郎右衛門、大和屋源次郎、山本屋庄三郎、
満願寺屋十兵衛、山本屋新助、大和屋仁左衛門、満願寺屋新三郎、升屋小兵衛、油屋長兵衛、小部屋七兵衛、上池田屋庄兵衛、満願寺屋佐右衛門

明和8年(1771)

大和屋金五郎、大和屋常次郎、大和屋十左衛門、山城屋仁兵衛、山城屋治郎兵衛、満願寺屋九郎右衛門、山城屋伝兵衛、満願寺屋忠左衛門、菊屋茂兵衛、大和屋長兵衛、鍵屋六左衛門、塚口屋六兵衛、大和屋兵五郎、大和屋源兵衛、油屋蝶、油屋衛、干鰯屋五郎右衛門

文政9年(1826)

大和屋庄左衛門、大和屋大三郎、大和屋金次郎、山城屋治郎兵衛、加茂屋虎之助、大和屋清兵衛、樽屋かく、大和屋太右衛門

天保3年(1832)

丹波屋市右衛門、綿屋かど、加茂屋利恵、油屋勘四郎、甲字屋復吉、豊島屋もと、樽屋りう、小部屋文兵衛、米谷屋吉次郎、山城屋繁太郎、大和屋竜次郎、大和屋慶助、西田屋倉次郎、油屋伊助、西田屋与兵衛、問屋たつ、大和屋源兵衛

(3)元禄江戸の店

 井原西鶴が『西鶴俗つれづれ』のなかで、「江戸呉服町を見渡せば掛看板に名をしるし,鴻之池・伊丹・池田・山本・清水・小浜・南都諸白の名酒ここに出棚のかほり」と記し,江戸での上方酒造家の出店の盛況を伝えている。
 江戸呉服町の他にも、江戸新川町、及び、霊岸島(池田屋喜兵衛)などに池田酒の店があったようだ。

(4)江戸積池田酒の輸送経路

 池田の酒荷は、まず牛馬で広芝、あるいは、神崎・下川原へ運ばれる。次いで、そこから小型廻船(小廻し)に積み替えられ、安治川・伝法まで送られる。そののち、江戸へ酒を専門に運ぶ樽廻船に再び積み替えられ江戸まで廻送された。

(5)文献に表れる池田酒

井原西鶴『西鶴俗つれづれ』

「上々諸白有,江戸呉服町を見渡せば,掛看板に名をしるし,鴻之池・伊丹・池田・山本・清水・小浜・南都諸白の名酒ここに出棚のかほり」

『摂陽群談』元禄14年刊

「池田酒 豊島郡池田村に造之,神崎の川船に積しめ,諸国の市店に運送す,猪名川の流を汲で,山水の清く澄を以て造に因って,香味勝て,如も強くして軽し,深く酒を好者求之,世俗辛口酒を云へり」

井原西鶴『織留』

「池田,伊丹の売り酒,水より改め,米の吟味,こうじを惜しまず,……軒を並べて今のはんじょう,…・…大和屋・満願寺屋・賀茂屋・清水屋,此外しだいに栄えて,上々吉諸白,……」

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