摂津麻田藩青木家

更新日:2021年02月01日

ページID : 3271

摂津麻田藩青木家 

 麻田藩初代藩主青本一重は、はじめ今川氏真に仕え、後に徳川家康のもとで姉川の戦いに参加、ゆえあり家康のもとを離れ、丹羽長秀のもとへ、さらに本能寺の変以降は豊臣秀吉配下となり、秀吉の死後秀頼に仕えた武将である。大坂冬の陣後、和睦の使者として駿府へ下り、帰途京都で徳川方に拘留される。大坂夏の陣で豊臣家滅亡となり、一重は出家の道を選んだとされるが、家康の武功の旧臣であり、また、かれの弟は三方ケ原大敗の際家康を守って討死、さらには、末弟青木可直が家康の旗本であった関係から再ぴ召され、摂津麻田の地に1万石の大名として封ぜられた。じつは、問題とする2代目重兼は、可直の長男で、元和5年(1619)一重の養子となった人物である。

(平成4年特別展『池田文化と大坂』図録ページ34より転載)

この記事に関するお問い合わせ先

池田市 教育委員会 教育部 生涯学習推進室 歴史民俗資料館
〒563-0029
池田市五月丘1丁目10番12号
電話:072-751-3019
教育委員会教育部生涯学習推進室歴史民俗資料館へのご意見・お問い合わせ