黒松家資料目録(1)解題

更新日:2021年02月01日

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黒松家資料目録(1)解題  (大阪大学大学院生 松迫寿代氏)

黒松家の概要 / 薬種屋経営としての黒松屋

黒松家の概要

今回目録化された資料は、大阪府池田市栄本町に在住した黒松家が旧蔵していたものである。
 黒松家は屋号を竹野屋といい、紀州の竹野から尼崎を経て、寛保3(1743)年頃に摂津国豊嶋郡池田村へ移り住んだといわれている(『北摂池田』、『池田市史 史料編 』)。以後近代にいたるまで、黒松家は同地に在住し薬屋を営んだ。
 黒松家は江戸時代の後期、すなわち18世紀の前半には池田村の肝煎や庄屋をつとめており、そのため支配や町村政、戸口などに関する文書が当家に多数残された。加えて幕末期には、池田村の高の一部が九条家領となっており、九条家領役所と池田村との間で黒松家がその差配をつとめたときの文書が比較的まとまって残されているのも特色のひとつであろう。また今回の目録には載せていないが、黒松理右衛門が主催の一人となって活動をおこなっていた立教舎(心学舎)の関係資料や、家政・宗教・文化に関わる資料も質・量ともに豊富である。
 今回は黒松家旧蔵の資料のうち、支配・貢租・領主財政・土地・町村政・町村財政・戸口・商業の分類項目に入れられるものについて目録化した。特に商業の占める部分は大きく、黒松家の概要を知るに重要な部分であるといえる。したがってここでは、黒松家の家業であり当家における諸活動を経済的に支えた薬種屋経営を中心に述べていくことにしたい。 

薬種屋経営としての黒松屋

 黒松家は江戸時代より、薬種屋として薬の材料である薬種を取り扱い、また合薬(あわせぐすり)の生産・販売もおこなった。
 当家の経営関係の文書のなかでは、寛保3(1743)年の『薬種類改牒』が最も古く、黒松家では18世紀の半ば頃までに薬の取り扱いを始めていたことがわかる。薬種のほかに、合薬の調合にも用いられる絵具類や、紙・沈香なども扱っていた。これらの仕入れをどこから、どのようにおこなっていたのかは、幕末から明治初期にかけて多く残る「買い注文さし」類より知ることができる。「買い注文さし」とは、黒松家の注文に応じて業者から荷物が送付されるとほぼ同時期に発行された仕切書(荷物と金額の明細)を、黒松家が年ごとに綴ったものである。取引の相手は大坂市中の業者がほとんどであり、複数の名前が確認される(例えば薬種では道修町薬種仲買の近江屋忠右衛門、南久宝寺町の和泉屋治助など、絵具類・紙・沈香ではそれぞれ大坂の絵具屋清兵衛、壷屋直次郎、沈香屋作五郎などといったように)。特に薬種流通の中核に位置した道修町薬種仲買仲間の一員、近江屋忠右衛門と固定的な取引関係を結んでいることは注目される。
 また黒松家は合薬の生産・販売もおこなっていた。当家の『丸散仕込扣』には、文久2(1862)年頃の生産状況が記されている。その品目は家伝の保生散のほか、五香湯・六味地黄丸など約40種を数える。これは当時の村方における薬の多様な需要のありかたに対応するものではなかろうか。また寛政9(1797)年から天保5(1834)年にかけての『永代帳』(売掛代銀の残銀請求帳)によると、黒松家における薬種・合薬その他の販売領域は、池田村をはじめ箕面・能勢や三田・久代などの周辺の村々にわたって形成され、北へ約20キロの地域にまで購入の記録が確認されるのである。江戸時代に薬種といえば、朝鮮人参でイメージされるように大変高価で庶民には入手しがたいように思われがちだが、商品経済の発達がみられた在郷町池田や周辺の農村地域において、薬の購入が一般化していた状況が示されたのは興味深い。
 このような薬の普及は、以下に示す江戸時代中期以降の薬種屋・合薬屋の増加の状況によっても示されよう。安永8(1779)年には、大坂市中と摂津・河内在方の薬種屋・合薬屋に対し大坂町奉行所より株加入が命ぜられ、市中株・在方株として地域ごとに編成された。これは主に増加した業者を株として把握し、株内部の統制によって唐薬種を含む唐物の不正流通の取締を徹底させることを意図している(詳しくは拙稿「近世中後期の合薬流通について」『待兼山論叢』[大阪大学文学会]29、1995を参照)。池田村とその周辺地域には、当地に在住する薬種屋・合薬屋によって池田組が結成された。池田組には多くの業者が加入しており、株仲間再興後の文久元(1861)年には約50名にまで増加している。なお、黒松家は幕末まで改役をつとめ、株内流通統制の中心として活動しており、当家に残る池田組関係の一連の資料はその具体的内容を示す好資料であるといえる。 

 以上、黒松家の概要について主に薬種屋経営の側面から述べた。黒松家において町村政や文化などの方面で広範囲に展開される諸活動は、当家の薬種屋としての経済的成長に関連するところが少なくないといえよう。これら黒松家旧蔵の資料は、在郷町池田に関して村政や商品経済などの諸方面から多くの内容を明らかにし得るものであり、今後その有効な活用が期待される。

  (『黒松家資料目録(1)』(平成8年3月30日発行)「解題」より転載) 

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