禅悟爐文庫 岸上家文書2

更新日:2021年02月01日

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目録目次

禅悟爐文庫文書史料について 大阪大学文学部助手中川すがね
(『禅悟爐文庫目録』(平成4年3月31日発行)ページ1-2より転載)

 禅悟爐文庫には多数の古文書が含まれている。これは禅悟爐文庫を旧蔵していた岸上家に江戸時代から伝来したもので、同家およびその領主であった青木氏(麻田藩)、ひいては池田地域について多くの示唆を与える貴重な歴史資料といえる。
 まず、その全体像を述べておこう。史料の総数は1300点を数える。そのほぼ4分の3は書簡(目録M)で、その他に岸上家やその親類大根屋石田家の家政・宗教生活に関する史料や、麻田藩の財政・民政に係わる史料がある。
 次に、不十分ながら、史料の内容と岸上家の歩みを関係づけて述べてみたいと思う。史料のうち最古のものは元禄12(1699)年の高瀬船通船関係のもの(目録Fの1)であるが、 これだけではなく、宝暦7~8(1757~8)年の綿株出入一件(目録G)や明和4~5(1767~8)年の水車場一件(目録F)など、作成年代の古い史料は何らかの形で商品経済に関連している。このことは、岸上家のなりたちを考える上で、たいへん示唆的である。岸上家の伝承によれば、同家は新田義貞の武将で下野国住人山岸太郎左衛門に始まる摂津国川辺郡小坂田村の山岸家から分かれ、豊嶋郡東市場村に移住して岸上氏を名乗ったという。遅くとも、18世紀半ばには東市場村にあって、綿や菜種や良質の米といった商業的農業に携わり、富農としての発展を遂げたものであろう。
 少し時代は下るが、天保(1830~1844)頃の書簡から、岸上家の農業経営や生活ぷりがわかる。すなわち米・麦・菜種・綿・豆類・各種野菜を手作りし、作柄や価格を慎重に検討して売却している。 綿布も自宅で織ったものを、大坂の古手屋〈古着商)兼木綿商人天満屋彦兵衛に売っている。農業経営者として、土地に根ざした活動ぷりがうかがわれるのである。またそればかりではなく、領主米の地払米の仲介を行うなど、商人的活動も行っていた。しかも米仲買は1年1年の利益を考えるのではなく、むしろ10年平均で無理なく利益を挙げればよいといった、長期的展望を持っている。それでいながら日常の生活はつつましく、真宗の信仰をバックボーンとした勤勉・正直・倹約といった自己規律が見いだされるのである。かくて、岸上家は天保期という不況期においてすらも、田を購入する計画を持ち、家普請をするなど、経済的実力を示している。
 岸上家は、天明(1781~1789)頃からは、政治的にも活躍した。領主である青木氏は当時経済的に困窮を極めていたが、岸上家の3兄弟の内、長兄忠太夫を家臣として元万(財政方)に登用した。この後、岸上家は藩の札役所を根拠に、財政面で活躍した。岸上家を継いだ次兄、治左衛門も、文化7(1810)年に青木氏の郷賄の命令に反対して一揆を組織し、そのために一時は領外追放の憂き目にあったものの、藩内クーデターで復帰した後は、家老中村伊兵衝と結んで政治的発言力を強めた。こうした事情の反映か、当史料も19世紀以降のものが大部分を占め、特に天保年間から幕末・維新期に集中する。
 また岸上3兄弟の末弟小右衛門(石田敬起)も、この史料に関して忘れてはならない人物である。彼は若くして大坂天満の乾物仲買・寒天問屋大根屋石田家に養子として入り家督を相続したが〈その経緯については、目録I)、その後西本願寺や岸和田・尼崎・富山・新見・荻野山中をはじめ10を越える領主の財政改革を行った。この財政改革について詳しくは拙稿「大根屋改革について」〈『ヒストリア』133、1991)を参照されたい。小右衛門は、天保元(1830)年、西本願寺改革のため京都へ移住したが、息子小十郎は若年だったので、天満の店は実兄の治左衛門が後見することになった。当史料の内書簡(目録M)は、治左衛門が小右衛門や東市場村にいる息子門蔵らとの間にかわしたものを中核とする。そのため、この書簡類には大根屋改革の思想や内容を知る上で貴重な史料が、多く含まれている。
 最後に、大根屋小右衛門の改革の内、治左衛門・門蔵と協力して遂行された麻田藩財政改革に触れておく。 この改革は、弘化元(1844)年に始まり、安政2(1855)年には岸上家ら富農が結集した御賄場へ、領主財政を全面委任するという形で決着した。岸上家の「大望」は叶い、治左衛門は大庄屋格、門蔵は郷惣代となり、まさに藩の喉元を制した。幕末維新の動乱で藩財政は膨脹したが、御賭場は藩札の運用と、領主の信用を上回る彼ら独自の信用により借入を行って賄った。目録のHの御賄場御用関係の史料は、そのことを示す好史料であろう。こうした富農たちの幕末における動きは、明治の地域社会秩序に直接連動していくものとしても、興味深いものがある。

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