池田市とウォンバット

更新日:2022年03月10日

オーストラリアのローンセストン市は本市と姉妹都市関係にあり、平成元年4月には、姉妹都市提携25周年を迎えました。

その際、動物親善大使として贈られたことから、本市とウォンバットとの関係が始まりました。

本市とウォンバット。30年以上にわたるこれまでの取り組みを、当時の写真や広報誌の誌面とあわせてご紹介します。

 

平成2年5月 - 池田にやってきた3頭のウォンバット

飼育員に抱きかかえられるウォンバット
ウォンバット来園

平成元年(1989年)4月、本市の市制施行50周年式典出席のため来日し,た、ジミー・チノグロウ・ローンセストン市長(当時)は、両市の姉妹都市締結25周年を記念し、ウォンバットを動物親善大使として本市に贈ることを約束しました。

そして平成2年(1990年)5月、初めて本市にウォンバットが降り立ちました。

当日のウォンバット

最初に来園した「ワイン」「ワンダー」「ティア」の3頭は、乳児の頃から母親と別れ人口飼育されていたため、人によくなつき、本来は夜行性ですが昼間でも絶えず園内を動き回ります。

また青草が大好きで、サツマイモ、にんじん。りんごなどを主食として食べました。

     

       

平成4年1月 - 日本初の繁殖に成功

ワンダーの袋の中にいるサツキ
サツキとワンダー

「ワイン(オス)」と「ワンダー(メス)」は夫婦となり、平成4年(1992年)1月15日、国内初の繁殖に成功しました。

ウォンバットの赤ちゃんは、1月15日に獣医師によって袋内での生存が確認されました。
推定では昨年8月ごろに誕生し、母親の袋内で順調に育っていたようですが、一般的に有袋類の誕生日は確認日とされていることから、1月15日が誕生日となりました。

ねんねするサツキ

赤ちゃんの名前を募集

同年7月、赤ちゃんの名前を公募し、府内だけでなく京都や奈良、遠くは東京から、1329人・1488点の応募が集まりました。

そして「動物園の人気者だから」「動物園が市のシンボル五月山の中にあるから」などの理由から最も多くの申し込みがあり、誰でも親しみやすく可愛らしい名前ということから、「サツキ」と名付けられました。

また、飼育下での出産は世界でも2例目と非常に珍しいことから、翌年8月、日本動物園水族館協会から同園に繁殖賞が贈られました。

当時の広報誌

広報いけだ(平成4年6月1日号)

広報いけだ平成4年4月1日号(PDFファイル:2.1MB)

広報いけだ(平成4年6月1日号)

広報いけだ平成4年6月1日号(PDFファイル:2.4MB)

広報いけだ(平成4年9月15日号)

広報いけだ平成4年9月15日号(PDFファイル:2.4MB)

  

           

平成5年9月 - 「サクラ」誕生

サクラとワンダー
イチョウをくわえるサクラとワンダー

平成5年(1993年)9月5日には、2頭目となるメスの「サクラ」が誕生。

「サクラ」の誕生が確認された日、お姉さんになった「サツキ」は妹が生まれたことが嬉しかったのか、元気に走り回っていたそうです。当初、毛が生え揃っていない状態で産まれましたが、しばらくすると自然に毛は生え揃い、見守る飼育員も胸をなで下ろしました。

「サクラ」という名前は、「サツキ」の名前を募集したときに2番目に多かった事と、五月山が桜の名所であることにあやかり名付けられました。

おっとりしていて恥ずかしがり屋な姉の「サツキ」と、人なつっこくて何にでも触りたくなる大のおてんば「サクラ」。一躍五月山動物園の人気姉妹になりました。

当時の広報誌

当時の広報誌

広報いけだ平成5年11月1日号(PDFファイル:2.3MB)

当時の広報誌

広報いけだ平成6年1月15日号(PDFファイル:2.3MB)

当時の広報誌

広報いけだ平成6年4月1日号(PDFファイル:5.2MB)

    

       

平成10年 - 熊本から「ワジー」がやってきた

平成10年(1988年)3月、「サツキ」と「サクラ」のお婿さん候補として、熊本県旭志村にある動物園「四季の里」からオスの「ワジー(3歳)」がやって来ました。代わりに五月山動物園の「ティア」が熊本へ行く、期間限定のウォンバット交換を実施。

残念ながら初の3世誕生とはなりませんでしたが、ウォンバットを通じて交流を深めました。

当時の広報誌

広報いけだ平成10年3月15日号

広報いけだ平成10年3月15日号(PDFファイル:989.4KB)

広報いけだ平成11年1月1日号

広報いけだ平成11年1月1日号(PDFファイル:87.4KB)

     

           

平成15・17年 - 「ティア」と「サクラ」との別れ

子宝にも恵まれ、幸せな日々を送っていたウォンバッファミリー。10年以上にわたって穏やかな日々を過ごしますが、やがて悲しみに見舞われます。

平成15年(2003年)12月21日、メスの「ティア」が多臓器不全で亡くなります。14歳でした。

当時、12月23日~28日に記帳を受け付けたところ、169人の方がお別れの挨拶に訪れました。
「ティア」ははく製になって、市役所1階に展示されることになりました(現在はアップル💛(アイ)ランドに展示)。

また平成17年(2005年)8月18日には、池田生まれ池田育ちだった「サクラ」が亡くなります。11歳で、死因は自然死でした。

「ワイン」と「ワンダー」は、オーストラリアから一緒にやってきた仲間と愛娘を失ってしまいました。

      

          

平成19年11月 - 5年の月日をかけて

来園当日のアヤハ

「ワイン」と「ワンダー」「サツキ」も高齢となり、新しい仲間が待ち望まれる中、本市はローンセストン市に新たなウォンバットの来園を依頼します。

絶滅の恐れがある野性動植物の国際取引を規制する「ワシントン条約」には定められていないものの、オーストラリアの野生動物保護法で輸出が制限されているウォンバット。それだけに来園までの道のりは容易ではありませんでしたが、5年の歳月をかけて新たに2頭のウォンバットカップルが贈られました。

平成19年(2007年)11月1日の夜、池田にやって来た新しいウォンバット。

2日のお披露目式にはさくら幼稚園や五月丘保育所、五月山教会幼稚園の園児約140人も駆け付け、みんなで動物園の新しい仲間を歓迎しました。

当日のフク

名前は「フク」と「アヤハ」に

2頭の名前を募集し、200人・363件の応募が寄せられました。

選考の結果、男の子は市制70周年に向けて福が訪れるようにと「フク」に、女の子は池田に織物の技術を伝えたとされる織姫伝説にちなみ「アヤハ」に決まりました。

2頭は1年も経つとすっかり五月山動物園の新しい環境に慣れ、のびのびと過ごす様子が見られるように。

「フク」は食欲旺盛で、運動場を走り回ったり丸太を転がしたりとやんちゃぶりを発揮。

「アヤハ」は繊細な一面がある一方、寝室内でリラックスしているときは仰向けでお腹を出して寝るようになりました。

当時の広報誌

当時の広報誌

広報いけだ平成19年12月1日号(PDFファイル:483.5KB)

      

         

平成21年 - 「ウォンバットてれび」登場

当時の広報誌「ウォンバットテレビ」の紹介

広報いけだ平成21年5月1日号

平成21年(2009年)、五月山動物園のウォンバットの映像が市ホームページで見れるウォンバットてれびが登場。

当時は、見られた回数に応じて協賛企業から同園に寄付が入るという、画期的なものでした。

今も人気の「ウォンバットてれび」は、こちらをクリック。
http://www.wombat-tv.com/

     

      

平成22年5月 - 「アヤハ」が急逝、そして「サツキ」も

平成22年(2010年)5月1日、6歳だった「アヤハ」が急性腸ねん転で亡くなりました。午前9時ごろ、飼育舎内でうつぶせで動かなくなっているところを職員が見つけました。

体長は90センチ、体重15キロで、池田に来て3年足らず、人間の年齢に換算しても25歳ほどの若さでした。「アヤハ」は現在、はく製としてゲストインフォメーションに展示されています。

その翌年の平成23年(2011年)12月1日には、日本で初めて繁殖に成功したウォンバット「サツキ」が、肺炎のため亡くなりました。19歳でした。

ウォンバット舎前には慰霊のための祭壇が設置され、多くの方が「サツキ」の死を悼みました。

 

同園のウォンバットは「ワイン」「ワンダー」「フク」の3頭に。

 

 

平成24年6月、ウォンバットドリームプロジェクト始動!

ドリームプロジェクト

3頭だけになってしまった同園のウォンバット。

そこで市では平成24年(2012年)6月、「ウォンバットドリームプロジェクト」を立ち上げ、ウォンバットを恒久的に楽しむための取り組みを始めます。

みんなに愛されているウォンバットを「これからも大切に残したい」という気持ちから始まったウォンバットドリームプロジェクト。

1つは、国内初のウォンバットの骨格標本や毛皮標本、整体学習キットを制作し、一般公開するというものです。骨格標本は大阪自然史センターに委託し、同センターの学芸員が制作を開始。「サツキ」の一周忌にあわせて開催するイベント「おかえりウォンバット」で公開されました。

その他にも、骨格標本作りの一般公開や、ウォンバットの足形レプリカを作成するワークショップなどが実施されました。

ワークショップの様子

様々なワークショップ

ウォンバットクイズを出題し、足や鼻、おなかの袋がどんな形なのかを実際に標本を触ったり、動物園で観察したり。

また普段は見られない足の裏のレプリカを作ることで、ウォンバットを身近に感じてもらえるよう取り組みました。

骨格標本の説明

骨格標本づくり

大阪市立自然史博物館などで標本を作製している米澤里美さん・西澤真樹子さんに、骨や動物のお話をしてもらいながら、「骨洗い」「骨格標本の組み立て」「仕上げ」の一般公開を実施。

ウォンバットのような希少な動物の骨格標本作りを動物園で公開するのは、珍しいことでした。

広報誌より - 骨格標本を通じて伝えたいもの

当時、広報誌で米澤さん、西澤さんにインタビューしました。内容は次の通りです。
 

動物園での新しい試みとなる骨格標本作りの公開は、生前のサツキを良く知るファンの方がご覧になって不快に思われないかと心配もありました。

それもそのはず、みんなに愛されていたサツキの骨を洗ったり、組み立てたりするのですから…。それでも、皆さんから「大切な取り組みですね」と言っていただいたり、私たちの知らない元気なころのサツキのお話を聞くことで、私たちは勇気づけられました。

ほかにも、なめし皮や足型なども作製しました。それらを見ることで、より深くその動物を知ることができます。人も含め動物たちは、暮らしにあった形をしています。
穴を掘って生活するウォンバットの前足の骨はモグラのように太くて短い形をしています。また、穴の入り口から侵入した天敵をお尻でガードする行動が知られていますが、お尻の皮膚は大変分厚く、毛も硬くて丈夫です。

近年、人の生活の影響を受け、野生のウォンバットの数が減っています。

動物園で飼育されているウォンバットや展示されているサツキの標本を通して、ウォンバットの魅力や命の不思議を知り、野生での暮らしにまで思いをはせていただきたいと思います。

そして、ウォンバットを守り、共に生きていこうという気持ちが、一人でも多くの方に芽生えることを願っています。

 

展示ギャラリーアップル💛(アイ)ランド 開設

アップルアイランドの看板
アップルアイランドギャラリー

園内に展示ギャラリー「アップル💛ランド」を開設。ウォンバットの生息するタスマニア島がりんごの形に似ていて「アップルアイランド」という別名で親しまれていることから名付けられました。

中には、ウォンバットに関連するものからヒツジ・シカの角、エミューの卵まで、さまざまなものが展示されています。

当時の広報誌

当時の広報誌

広報いけだ平成24年6月1日号

当時の広報誌「おかえりサツキ」

広報いけだ平成24年12月1日号(PDFファイル:1.2MB)

     

        

平成27年10月 フクのお嫁さん探し。キーパーガールズ誕生!

キーパーガールズの活動の様子

ウォンバットたちの高齢化が進み、このままだと同園からウォンバットがいなくなってしまう危機的状況に。そんな中、平成27年(2015年)10月、若い「フク」のパートナーを見つけて、再び繁殖を実現させるべく、新たな取り組みを始めました。

新しい仲間を迎えるために課題となったのが、輸送などにかかる費用。そこで、支援を呼びかけるため、全国初の動物園専属アイドル「Keeper Girls(キーパーガールズ)」が誕生しました。

ご当地アイドルの人訴求力に期待して

ある日、大阪市内の男性から「愛らしいウォンバットに心を癒やされている。歌を作ったので販売して餌代などにしてほしい」と、自主制作した「ウォンバットの歌」のCDを提供された同園。

この話を聞いた当時の副園長・瀬島幸三さんは、ご当地アイドルのファンが集まり地域活性化に貢献しているというニュースを思い出しました。

「この曲を歌う人がいれば、もっと同園の魅力を伝えられて「フク」のお嫁さん探しに貢献できるのでは」と考え、オーディションを実施し、高校生から大学生までの3人が選ばれました。

「歌って踊れる飼育員」をコンセプトに結成された全国初となる動物園専属アイドル「Keeper Girls」。未知の取り組みがスタート。

最初は厳しい声もあった中、ウォンバットの魅力を歌やダンス、S N Sなどで一生懸命に伝える彼女たちの姿を見て、次第に応援しようという人の輪が広がっていきました。

当時の広報誌

広報けだ平成27年10月1日号(PDFファイル:879.2KB)

    

      

平成28年10月 ふるさと納税でウォンバットを応援

イメージ図

寄付金が約1年で目標の500万円に近づいたところで、五月山動物園としては「もう1組カップルを呼んで繁殖の可能性を増やしたい」と、オーストラリアの動物園に交渉します。

 オーストラリアの動物園からは「6頭が快適に過ごせる環境を整えること」を条件に承諾を取り付けました。つまりは獣舎の改修です。

新たに改修費用が必要となった同園は、「ウォンバットを未来へつなぐ寄付」と題し、ふるさと納税による寄付を募りました。

この運動が、市民はもちろん、ウォンバットを愛する全国の人々へとたちまちに広がり、2017年1月には寄付金総額が1500万円を突破。2月には獣舎の改修工事に取りかかることができました。

当時の広報誌

広報いけだ平成28年10月1日号(PDFファイル:522.7KB)

当時の広報誌

広報けだ平成29年2月1日号

もっと愛が溢れる動物園へ

2016年6月、新しくウォンバットを迎えるために、新しい園舎の他に配慮することはないかと聞いたオーストラリアのケリー園長に尋ねました。

すると、
「五月山にいる3頭のウォンバットの内2頭は27年間も生活している。この事実が、五月山動物園がウォンバット生息に最適であることの証明だと思う。」
と、同園のウォンバット受け入れに対して太鼓判を押してくれました。

飼育下にあるウォンバットの寿命は約20年と言われている中、 飼育員さん、そして訪れる人たちからの温もりに包まれた世界一愛💛のある動物園〞は、ウォンバットにとっても住み良い空間のようです。

    

        

平成29年10月 - ついに3頭のウォンバットがやってきた!

ウォンバット再来園
当日のマル
当日のユキ
当日のコウ
輸送用の箱

改修工事が完了し、ついに3度目となるウォンバットの来園が実現しました。

10月5日午前11時、五月山動物園で、前日に到着したウォンバットの姿が関係者だけに公開されました。

オーストラリア・ローンセストン市の市長を始めとする訪問団と、ウォンバットを連れてきてくれたオー ストラリアのケリー園長、そして本市市長と特別に招待された園児たちや報道のカメラが数台。

マル

飼育員さんに抱っこされて現れたのは、繁殖が期待される「フク」のお嫁さん。

「かわいいー!」という子どもたちの声が次々に聞こえてきました。

もう2頭は到着後すぐ巣穴に潜ってしまい姿を見せることはありませんでしたが、「フク」のお嫁さんは獣舎を走り回る、 元気な姿を見せてくれました。

 そして10月22日には来園記念イベントを開催。

贈られた3頭のウォンバットの健康管理と、環境に慣らすトレーニングなどを慎重に実施しながら、新たな仲間を迎え入れました。

当時の広報誌

当時の広報誌

広報いけだ平成29年11月1日号(PDFファイル:564.5KB)

      

       

平成29年11月 - 「ワンダー」が天国へ

平成29年(2017年)11月25日の早朝、「ワンダー」が老衰(腎不全で尿毒症を発症)により28歳で亡くなりました。人間ならおよそ100歳の大往生でした。

遺影を飾った献花台とメッセージボックスが11月27日~12 月11日の15日間園舎前に設置され、「ワンダー」をしのんでたくさんの方がお別れに訪れました。

ワンダーは現在、アップル💛ランドにはく製と骨格標本が展示されています。

     

     

令和元年12月 - 「マル」が永眠

令和元年12月21日早朝、3歳だった「マル」が亡くなりました。

 12月16日から体調に変化が現れ、すぐに治療を行い経過観察を続けましたが、回復することな く21日早朝に亡くなりました。 12月23日~令和2年1月5日には、献花台が設置されました。

   

    

令和4年1月 - 「ワイン」が世界最高齢の33歳に

世界記録に認定されたワイン

令和4年(2022年)1月、一番最初に本市に来園した「ワイン」が33歳の誕生日を迎えました。

ウォンバットの飼育下での平均寿命が20年くらいといわれる中で、人間の年齢に換算すると100歳を超えます。

それでも今もなお元気に動き回り、食欲も衰えません。少し食べやすいように食材を薄く切ってもらうなど、飼育員のサポートもあり、同園で穏やかに生活しています。

令和4年2月 - 世界最高齢に認定されました

令和4年2月11日、同園でウォンバットワインの世界最高齢に関する認定記念式典が行われました。

これまでの飼育下でのウォンバットの最高齢は、オーストラリアの「パトリック」が持つ「30歳と200日」でしたが、今回、野生下で生活していた期間を除いた「32歳と86日」が正式に認定されました。(認定日は1月31日)

当時の広報誌

当jの広報誌

広報いけだ令和4年3月号(PDFファイル:1.8MB)

     

      

終わりに

ウォンバットや五月山動物園を応援してくれるたくさんの方々のおかげで、本市はこんなにも長い期間、ウォンバットと歩みを共にしてこれました。

これからも動物たちをはじめ、応援してくれる誰もが幸せになれる街をめざして、ウォンバットと暮らすまちづくりをみなさまと一緒に考えていきたいと思います。

これからも応援よろしくお願いします。

 

この記事に関するお問い合わせ先

池田市 市長公室広報シティプロモーション課
〒563-8666
池田市城南1丁目1番1号 池田市役所3階
電話:072-754-6202
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